マレーシアから見た日本 TOPICS

マレーシアから見た日本

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投稿者:陸培春(ルー・ペイ・チュン)

日本人は歴史に無知なのか

「私はすでに80歳になるが、5年前に『北海道新聞』の連載コラムを読んで日本のマラヤ侵略の史実を初めて知った。たとえば、ネグリ・センビラン州の小さな村で鄭来一家4人が日本軍に惨殺された事件で、当時6歳だった彼は日本軍に銃剣で体を4ヶ所も刺され、そのうち1ヶ所は銃剣が体を突き抜けたそうだ。日本軍が残酷にも1歳の弟を空中に放り投げ、落ちてきたところを銃剣で串刺しにし、お腹から腸が飛び出るという残虐な場面を彼は目撃したという。またシンガポール陥落後の大虐殺で死者は5万人にも達したそうだ。これは信じられないほどの数だ….。

「日本のシンガポール占領」凱風社より

マラヤ第二次大戦歴史研究会のアジア平和賞を受賞した「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会共同代表星野恒雄氏は、『南洋商報』編集顧問の陳春福を訪れた時、開口一番堰を切ったようにこう語った。まるで日本のマラヤ侵略史の講義を我々にしているかのようだった。

ネグリ・センビラン州の自宅で傷跡を 見せる鄭さん 2017年

 

 

彼は申し訳なさそうにこうも言った。「長く生きてきたのに、日本が貴国でこんなにも罪深き悪事を働いていたなんて全く知らなかった。史実を知って新たな知識は増えたけれども、内心不安で忸怩たる思いだ。」

マレーシア滞在中、彼は車窓から見える景色に興味津々で、我が国の豊かさに驚いていた。ある時、街を走る多くの新車を見て言った。「あっ、あの車は欧州向けに造られたN社の高級日本車じゃないですか。日本では30万リンギ以上する車で、メルセデス・ベンツよりも高いんですよ!」―中略―

チャイナタウン

チャイナタウンで鳩を見つけると「あれは土鳩です。体に斑点がありますよね。普通の鳩ではないんです。」と教えてくれた。彼はバードウォッチングが趣味で300種以上の鳥の名前と特徴を知っていた。
彼はまた110名の園児を擁する幼稚園の園長でもある。常日頃子どもたちが興味を示す車や鳥のことを面白おかしく話さなければならず、自然に物知りになったのだという。私は感心して彼を「物知り博士」と呼ぶほどであった。

3日間共に過ごしてわかったことは、彼が物知りと言っても日本のマレーシア侵略に関しては全くの素人だということだ。しかしそれは彼だけではない。もし日本の紳士淑女100人に聞いたとしても、おそらく100人とも知らないと言うだろう。これには私はもう驚かなくなってしまっている。

では、なぜこうなってしまったのか。日本人の歴史認識は他の国々と異なる。重い歴史、残酷な歴史など不都合な歴史が伝えられていないのだ。日本人は不愉快なことを「水に流す」のが得意な民族で、暗いこと、嫌なこと、望まないこと、好きでないこと、耐えられないこと、苦しいことはすべて水に流して忘れてしまう。反面明るいこと、好きなこと、望むこと、楽しいことは継承されている。歴史を含むすべての物事がこのように扱われ、程度の差はあれ常に都合よく選別されている。

住民虐殺  マレーシア中学歴史教科書より

そのため彼らの歴史認識は、往々にして極端に走り客観性が不十分だ。戦争に関しては、加害より被害を強調し、戦争責任には関心がない。こちらが南京大虐殺は残虐だと言えば、彼らは広島・長崎の原爆投下の被害を訴え、話がまったく噛み合わない。やや辛辣に言うならば、彼らは歴史を弄ぶのが得意で、歴史は彼の玩具となり下がっている。

華人の間ではよく「銅を鏡として身なりを正し、歴史を鏡として世の盛衰を知り、人を鏡として得失を知ることができる。」と言われる。この訓戒は日本にはないようだ。史実を直視しなければ、どうやって教訓を汲み取り、過ちを繰り返さないようにすることができるのだろう?

言うまでもなく、戦時中、大本営はニュースを捏造し真実を伝えなかった。敵の空母に支障はなかったにも関わらず、大本営は撃沈したと嘘のニュースを流し日本万歳と言ったのだ!欧米の記者が南京大虐殺を報じても、紙で火を包むことができるとでも思ったのか日本はこれを隠蔽して報道しなかった!また日本のマラヤ侵略史は誰も取り上げず、どこにも記録されず、彼らの歴史から静かに消え去ってしまったことは言うまでもない。

狂気の沙汰であった侵略戦争中には、日本軍は強姦、殺戮などあらゆる悪事をはたらいた。自らの過ちを悔い改め、徹底的に生まれ変わる一大決心をして、悪魔から天使になった場合は別であるが、そうでない限り自らが行なった卑劣な行為を子どもや孫に詳細に語ることなどできるであろうか。

日本侵略地図 マレーシア中学歴史教科書より

星野氏は厳粛な面持ちで言った。「戦争を体験した古い世代は、当時の出来事に触れたがらず何も話さない。それでは当然若い世代は何もわからないはずだ。」彼もまたそのような「教育」を受けておらず、マレーシア初訪問の80歳になって初めてこのような歴史を知った自分を恥ずかしく思うと率直に認めた。日本の社会・家庭教育には欠点が見られる。口述による継承を軽視し、事実を隠蔽し、戦争加害についての教育は全くされてこなかった。

日本の若い世代が、自分たちの国の戦争犯罪を知らない状況を作り出しているもう一つの背景には、日本の教育現場で明らかに「職務放棄」が行なわれていることがある。日本の中・高校の歴史教育では、教科書の最後にある現代史を軽視している。学期末がきて時間が足りなくなってしまい、現代史は生徒に自習させてしまう。生徒は適当にすませて途中で投げ出してしまうのである。

さらに、東南アジアの侵略を記述する文章は半ページ程しかない。しかも表現は抽象的で、マレー半島の虐殺事件については今だ見たことがない。シンガポールの大虐殺には触れられているが1、2行に過ぎず5万人に及んだ虐殺の犠牲者数は数千人と少なく書かれている!

右翼の教科書に至っては是非があべこべに書かれている。自分たちは謙虚になる必要はないと考え、懸命になって「侵略にもいいところがあった」という議論を広めようとしている。これでは日本の子どもたちは何から歴史を学ぶことができるのだろう。

本来嗅覚が鋭く、正義を守ることが職責であると自任していた日本のマスコミは、この分野でこそ違いを見せるべきではないだろうか。、正確かつ詳細に事実を報道し、正しい情報や判断材料を提供して、読者に真実を伝えなければならない。言うまでもないことだが。

残念なことに、魅力的な広告収入や政府の無形の圧力のもと、マスメディアは自分たちの理想と職責を捨て去ってしまったようだ。あるメディアは権力に迎合するだけでなく、政権の尖兵として平和憲法改悪と軍備拡張を煽り、積極的に覇権主義のアメリカの手先となるよう政治家と国民を導いている。彼らは特定政党の代弁者になり下がっているようだ。こうした状況は、現在の日本のメディア業界が陥っている一大悲劇である。

星野氏は言った。「私はこんなに長く生きているのに、どうして日本のマラヤ侵略史に関してまったく知らなかったのだろうか?貴国でアジア平和賞を受賞して初めて知った。今後はその原因をしっかりと突きとめて、日本が貴国ではたらいた数々の罪深い歴史を深く理解しようと思う。」

この話を聞いて私はとても恥ずかしく思った。日本人が侵略史を理解することができる方法を考える責が、望むと望まざるに関わらず我々戦争被害者にもあるという宿題をこのお年寄りが与えてくれたのだ。では、一体どのような方法が最も有効なのであろうか?

2014年8月30日

陸培春 記
渡辺洋介 訳

 

投稿者:陸培春(ルー・ペイ・チュン)

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