マレーシアから見た日本 TOPICS

マレーシアから見た日本

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投稿者:陸培春(ルー・ペイ・チュン)

日本人の「加害」と「被害」意識

軍国主義による対外侵略である「大東亜戦争」に関するキーワードのうち、「加害」と「被害」という2つの単語が日本の様々な文字媒体、ラジオ、テレビで非常に高い頻度で取り上げられる。戦後70年が過ぎたにも関わらず、日本人の間ではいまも第二次世界大戦に関する議論は沸騰する。戦時中の出来事が絶えず頭に浮かんで心中で大波が起こり、冷静でいることが難しいのである。

侵略戦争を起こした日本のこの問題に対する態度は、往々にして自分が正しく相手が間違っている、自分が是で他人に非があるといった態度をとっている。「被害」意識が「加害」意識よりも強く、原爆投下の被害と東京大空襲などを訴えるだけで、コタバル侵攻、真珠湾奇襲、南京大虐殺、マレー半島大粛清、ベトナムの200万の餓死、幾万にものぼるフィリピンでの戦争捕虜の死の行進など、アジアの隣国にもたらした大きな苦難の歴史をすっかり忘れている。これはまるで自分の不注意で玉突き事故を起こしたのに、後ろの車が自分の車に追突したことを責め、自分が先に前の車に追突した責任に触れないようなものである。

オバマ氏広島訪問演説 2016年5月27日

今年(注:2016年)の5月26日、日本の伊勢志摩で行われたG7サミットに出席したオバマ大統領は、原子爆弾によって廃墟となった広島を現役のアメリカ大統領として初めて訪れた。平和公園で献花と重要な演説をした後、高齢の被爆者と面会した。日本側のこの心のこもった演出は用意周到に準備されたものだが、あの戦争の「被害」の側面を誇張し「加害」責任を薄めたかったにすぎなかった。

初めはアメリカ側は利用されることを懸念してそれを望んでいないようであったが、最終的には申し入れを受け入れた。これはオバマが冷静で理智的であることを示している。なぜなら、驚異的な威力をもつ原子爆弾が一瞬にして十万八万の罪の無い民衆を虐殺しており、何とか機会を探して謝罪しようとしていたからだ。ホストの安倍にしてみれば、アメリカが日本に「謝罪」することは棚からぼたもちであり、安倍の面目を保ち、政権に得点を与え、参議院選挙での自民党の得票の増加が見込まれた。ただ、オバマの訪日前に沖縄で突然衝撃的な事件が、すなわち、アメリカ兵による20才の女性に対するレイプ殺人事件が発生し、安倍は情は横に置いて単刀直入に強い抗議をせざるを得なくなり、オバマの広島訪問に水を差した。

アジアの戦争被害者は、日本の右派政治家が恣意的に手段を弄び、それによって有権者からの支持を得ることを決して許さず、日本が自国の「被害」のみを誇張し、極力「加害」責任を避け、軍国主義の非道な行為に対する批判は少しもせず、むしろそれを多いに称賛することを許すことはできない。自らを反省することによってのみ、新しく生まれ変わりまともな人間になることができ、周辺国との間で真の友情を築き、許しを得ることができると私たちは考えている。

もちろん、日本側の償いは積極的に自分から行われなければならず、人から催促あるいは批判されるのを待って、その後に渋々行うものではない。「加害」意識を捨て、悲惨な歴史を貴重な教訓としなければ、日本は必ず同じ過ちを繰り返し、再び侵略国となり、他国に脅威と災難をもたらすだろう。被害国が歓迎するのは、日本が平和大国の役割を果たすことのみであり、武力乱用主義の大日本帝国に戻ることではない。私たちがさらに気をつけなければならないのは、軍国主義復活の芽がたくましく育つ前にすぐに引き抜くことである。軍国主義の芽が空高く伸び、枝葉が茂ってから、神に助けを請うべきではない。時すでに遅しとなってしまっては、大きな災いが次から次へと起こるだろう。

多くの日本人は自国の首相がいつも面目丸つぶれの「謝罪外交」を行い、日本の侵略と関係のある国に着くと、必ず頭を下げて謝罪をすることに不満を漏らし、ある物好きが謝罪の回数を数えたところ20回近かったという。しかし、たとえそうだとしても、私たち華人社会のリーダーは日本の首相の謝罪は誠意がなく言葉と行動が一致していないと猛烈に批判する傾向がある。なぜならば、謝罪の後に大手を振ってA級戦犯を讃えている靖国神社を参拝しているからであるが、これは大きな矛盾である(安倍はときどき夫人に代理で参拝させている)。安倍ら右派の首相はこのようなごまかしで被害者の眼を欺こうとしているが、私たちははっきりと真実を見定め、適切な批判を加えなければならない。

日米の関係当局がオバマ訪日の日程を詰める際に、アメリカ側はフィリピン・バターン死の行進で死の瀬戸際に追い込まれたアメリカの元戦争捕虜(当時約1万人の戦争捕虜が犠牲となり、そのうち2300人がアメリカ兵であった)を大統領とともに広島を訪問させる予定であったと言われている。アメリカは明らかに自国の「被害」を前面に押し出し、日本の「加害」を強調することで、被害と加害のゲームを引き分けにする効果を狙っていた。これは疑いなく有効な方法の一つで、日本の「加害」の記憶を呼び起こし、日本人の戦争観と歴史観を正すことができ、それによって被害者は納得して心安らかになれると思う。

右派政治家を野放しにしてやりたい放題にさせ、悪巧みで人の眼を欺かせてはならない。残念なことにアメリカの被害者は訪日できず、受けた苦難を日本の公の場で訴える機会も、日本の被害者と「親善交流」をする機会も持つことはできなかった。

安倍首相は狡猾にも「被害」を誇張し「加害」責任を覆い隠す新たな戦術を採った。原爆被害と日本人が受けた苦難だけを強調し、アジアの国々に対する残酷な加害の事実には目を背けている。その陰謀は必ずや失敗に終わるだろう。しかし、彼にも南京大虐殺記念館を見学し、その惨状が広島の原爆被害に負けるとも劣らない大虐殺であり、それは日本軍が中国で犯した極めて大きな犯罪であり、そうした中から日本の「加害」という側面の真実を理解し、「日本人は原爆の被害者というだけでなく、侵略戦争の加害者でもあった」という多面的な結論を得ることを望んでいる。最近、日本は国連で各国の首脳が広島と長崎を訪問し原爆被害の惨状を理解するよう呼びかけて中国の猛烈な反対に遭ったが、これは道理が無いわけでもない。

クアラルンプールでの追悼式典 福建義山の惨死憤

同じ道理に基づいて、マレーシアの被害者として、私たちは提案する。安倍が優れた事例に倣って謙虚にオバマに学び、クアラルンプールの福建義山にある「中華民国男女華僑同胞惨死墓」の前で献花をして、日本軍が罪のない人々をみだりに殺したことに対して懺悔する演説をしたらどうであろうか。私たち被害者も原爆被害者と同様に深刻な苦しみを受けており、日本の指導者が訪問して謝罪することで、被害者は初めて日本を許すことができ、あの悲惨な歴史にピリオドを打つことができるのだ。

被爆者の森重昭さんを抱きよせる オバマ大統領 朝日新聞 5月28日

5月27日の午後、オバマは広島平和記念公園で厳かに献花と演説をし、戦争中に命を落とした罪のない犠牲者を忘れてはならないと述べ、平和の重要性を強調した。予想されたことではあったが、残念なことにオバマの言葉は温情と配慮が過ぎており、軍国主義の張本人に対する厳しい批判も戦争被害者への話もなかった。こうした悪を批判せず原則を軽んじる態度は人々を大きく失望させたが、これによって彼は決して真の世界のリーダーでも正義の化身でもないことが証明された。

現地ではとても感動的なシーンがあった。ひとりの79歳の被爆者がオバマ大統領に直接会って苦しみを訴えた際、突然悲しみが込み上げて泣き出してしまったのだが、大統領は両手を広げて彼を抱擁して慰めたのだ。この場面は写真に収められ、歴史的な和解を示す場面となり、世界中にセンセーションを巻き起こした。それを見て私は思った。当時、ネグリセンビラン州港尾村で一日で675人の老若男女の村民が、大東亜共「栄」圏を建設すると自慢気に語っていた皇軍に惨殺され、楊という姓の村長一家26人がほとんど皆殺しにされ、9才だった楊振華ひとりが生き残った。あの残忍な大惨禍の中で、彼も鋭い銃剣で刺され、そのうち3回は胸に突き刺さった。幸運にも命はとりとめ、現在は年老いて体が弱った80代の老人である。港尾戦争記念碑の前で戦争を生き抜いた楊振華を安倍首相が抱擁する写真を撮れるのはいつのことになるのだろうか?

2016年9月1日 南洋商報『九一記念特集号』

翻訳 渡辺洋介

 

 

投稿者:陸培春(ルー・ペイ・チュン)

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