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投稿者:山沢猛

“悪魔の731部隊”はマレーシア・シンガポールにもあった

黒死病といわれたペスト菌を培養

アジア・太平洋戦争中に、旧日本軍がすすめていたペスト菌兵器の開発と製造のための秘密施設が、マレー半島の南端、ジョホール州の精神病院の中に設けられていたことがわかりました。

「ペスト菌培養のほか、菌を媒介するネズミやノミの飼育、繁殖などを続け、実用化に向けて研究をすすめていた」という情報をもとに、1993年、高嶋伸欣氏(琉球大学名誉教授)と日本の留学生が、現地の新聞記者の協力を得て広く調査をした結果、その秘密の施設は、ジョホール州タンポイにある旧ペルマイ精神病院(現州保険局)に置かれていたことがわかりました。

病院は、緑の濃い丘の上の東西6㌔にもおよぶ広大な敷地の中にあり、周囲から目が届かず、秘密の研究に適していました。

旧ペルマイ精神病院 現在は州保険局

中国東北部のハルビンに本部のあった731部隊(注)の下部組織「岡9420部隊」は、シンガポール市街地に本拠を置き、その一部をペルマイ病院に移動させ、細菌実験施設をつくりました。

ここで働いていた一人の日本人軍属がいました。戦後私家版で『ノミと鼠(ねずみ)とペスト菌を見てきた話 ある若者の従軍記』を出した、静岡県出身の竹花京一氏です。

部隊は三つに分かれており、その一つの江本(軍医中尉)隊で働いたこと、江本隊はペスト菌株の保持、菌の増殖、少量のワクチンの製造をしていたこと、ここでの重要な任務は「毒化作用」といわれ、ネズミにペスト菌を注射し、発病したネズミにノミをたからせて、ノミに血を吸わせてペスト菌を吸入させることだったといいます。

つくられた大量のペストノミをガラスケースにいれて陶器爆弾で投下するという計画でした。氏はボイラーマンの経験があることから、ガラス容器の滅菌、洗浄などを1年間していたといいます。

ペストはネズミと人間に感染します。中世ヨーロッパで大流行をくりかえし、都市住民をふるいあがらせた、高熱を発し一度かかると死亡率の高い感染症で、黒死病とも言われました。

東南アジアに細菌戦部隊を置いたわけは

なぜシンガポールとマレーシアが細菌兵器の拠点だったのか。日本占領期の歴史研究者、林少彬(リム・シャオビン)氏がアジアフォーラム・横浜主催の「証言集会」(2018年12月8日)で明らかにしました

2018年12月8日 証言集会で講演する林さん

参加者約200名を前に、林氏は「なぜ731部隊の支隊はシンガポールにおかれたのか」と話をすすめます。

氏は日本での留学経験があり、その時から軍関係の資料を求めて東京・神田の古本屋街によく足を運び、店主と懇意になって収集を続けてきました。終戦直後の1945年9月、日本の憲兵隊によって祖父を惨殺された被害者の家族でもあります。

エドワード7世医科大学(現シンガポール保健省)に置かれた細菌戦部隊「岡9420部隊」は、日本占領期の1941年ごろにつくられました。

エドワード7世医科大学

その理由について、林氏は「熱帯の気候が中国東北部よりもペスト菌増殖に最適だったこと、欧米連合国が中国国民党の蒋介石を応援するためにつくった援蒋ルート(ビルマから重慶への物資輸送ルート)を破壊するためには、地理的に良い条件であったこと」と、見解を語りました。

かつて、岡部隊で働いた経験のあるジェフリー・タンさん(92)は、シンガポールの新聞で林氏の記事を見て名乗りをあげた人です。タンさんは、集会のビデオ証言で「破傷風の研究を手伝わされていたと後で気づいた」と述べました。

ジェフリー・タンさん

東南アジアでの細菌戦の中心部隊だった岡部隊が、中国の731部隊のような人体実験をやったのかどうかも含め、まだ謎は残されています。日本では、岡部隊を含めて731部隊の全名簿の出版が始まっています。

以上。

投稿者 山沢猛 ジャーナリスト

注)731部隊:旧日本陸軍の細菌戦部隊の秘匿名。正式名称は、関東軍防疫給水部。1936年編成。ハルピン近郊で生物化学兵器の研究、開発を行い、中国人の政治犯・捕虜による人体実験を行い多数を殺害。日中戦争では実践に使用した(広辞林より)。母体は、東京の陸軍軍医学校防疫研究所。創立者はのち731部隊長になった石井四郎。ペスト等の細菌、毒ガス、凍傷などの人体実験を約3000名におこなった。部隊は日本の戦線拡大とともに、北京、南京、広州、シンガポールと拡大していった。敗戦時、施設の破壊や証拠を隠滅したため、全貌を知ることは難しいが、近年ロシアで、実行に携わった幹部の証言テープが見つかった。森村誠一著ノンフィクション「悪魔の飽食」により、多くの日本人は初めてこの恐るべき実態を知り衝撃を受けた。薬害エイズ事件を起こしたミドリ十字の役員には、731部隊出身者が多数いた。

投稿者:山沢猛

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